2016年、
将棋棋士の藤井聡太さんが新四段になった。連勝をつづけ、連日ニュースになった。「そういや、後藤は高校で将棋やってたんだよね、今の将棋界ってどう?」と友人から質問されて何も答えられなかった。
それは高校卒業以降、将棋から遠ざかっていたからだ。プロ棋士が公式戦を戦う場所(将棋の聖地・将棋会館)がある千駄ヶ谷に一時期住んでいたものの、会館は「あるな〜」と素通りする場所。引っ越した最初の日だけ、駅ホームにあった王将の水飲み場をそっと撫でた。地元岡山出身の大山康晴先生が揮毫を手掛けられていて、私も東京に来ましたよ! と挨拶をしたのだ。その程度のやりとりで私の都会生活は終わり、別の街に引っ越した。

この王将、現在は千駄ヶ谷駅の将棋コーナーに飾られているらしい
その千駄ヶ谷の街が、藤井四段の快進撃で何度もニュースで取り上げられる。初詣をした鳩森神社。外苑花火をみた東京体育館横の坂。深夜にラーメンをすすったホープ軒。全部が懐かしい。棋士が対局休憩に食べるご飯「将棋めし」の存在を初めて知り、そこにみろく庵が出てきた。私もここで引っ越し蕎麦を食べた、お世話になったお店だ。
その出前風景がものすごい数のカメラで取材されている。なにこれ!? 藤井聡太さんの豚キムチうどんを将棋会館に届けてるだけだよ!? デビューから29連勝がかかった対局。世間の熱は最高潮に達していた。
次は前人未到の30連勝!! 若手ホープの増田四段(当時)を倒し、勢いが止まらない。報道の加熱ぶりが「地味の代名詞である将棋がこんなに?!?!?!」と頭をバグらせる。違う星の違う競技のようだ。しかし、将棋の対局がどれだけ熱いかは、私も体感として知っていた。※詳しくは高校時代に感じた「将棋を負けること」についての日記へ
物理的に派手な動きはないけれど、盤上で繰り広げられる「最高の一手」をめぐる戦いは、本当にスリリングで、めちゃくちゃにパワフルだ。将棋の駒で剛腕を炸裂させたり、丸太をぶん回したりできるのである。
時代が変わっていくな……あの熱を知ってる人が当時よりずっと増えている。そう思いながら、アップデートされた将棋を鑑賞すべく、はじめてニコニコ生放送で藤井聡太さんの30連勝がかかった対局をみた。

2017年7月2日
第30期竜王戦決勝トーナメント。藤井聡太四段(当時)vs佐々木勇気五段(当時)の対局だ。高校で将棋をやっていた頃、棋士の対局はせいぜい将棋年鑑(プロの対局1年ぶんをまとめたタウンページ的でっかい本)の棋譜を並べる……くらいしか知らなかった。人が集まるとまず最初にやるルーティンで、解説を読み上げながら「プロの感覚わかんねー」と雑な感想を部員たちと交わすのである。

それがリアルタイムでプロ棋士によって解説されている! 一手一手の意味が私でもわかるようにやさしく説明される。やべー! 解説の先生……木村一基さんっていうのか……えっめちゃくちゃボケるし、ツッコむし……なにこれ、面白すぎるんですけど……!!
そう、私は偶然にも将棋界のスーパーおもしろ解説者、木村一基九段を初回で引き当ててしまったのだ。将棋初心者こそ解説の先生の導きがとっっっても大切で、その第一歩の選択としてまさに最適解だった。ファンの間で「将棋の強いおじさん」と呼ばれ愛されまくる木村先生は、その日もかわいく輝いていた。画面に流れるコメントも愛あるツッコミが多くて、とても落ち着く。この解説されたら、みんな好きになっちゃうよね……わかる!!! 漂う楽しい空気が、将棋部の部室に帰ってきたみたいだ。
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おじさん解説のおかげで、局面の状況をなんとなく把握した気になる。どうやら、佐々木勇気さんが優勢のよう。簡単なプロフィールが紹介され、彼はスイスのジュネーヴ生まれらしい。凛々しいお顔も相まって、漫画の主人公みたいだな……と少し調べる。小4で小学生名人戦を優勝し、16歳でプロ入り。おお、こちらもふつーに天才じゃん。将棋界は若くプロ入りするほど出世すると言われているので、16歳プロはかなりすごい。
そういえば岡山で将棋部員をやっていたとき、指導者講習会にめちゃくちゃ強い小学生がきていたよな。小さい体で大人を複数同時に相手して全部圧勝する。盤を挟むと圧倒的なオーラがあって、からだ中から静かに発せられる「絶対勝つ!!!」気迫がすごかった。よい着物は触るだけでそのよさが直感的にわかるものだけど、それと同じように、将棋を指す彼は何かが確実に他の人と違う。これが才能か〜と思った。ああいう人がプロになるんよと顧問の先生に教えてもらったけど(それが後の菅井竜也八段です)、その菅井さんより2つ下の小4佐々木勇気少年が彼を下して小学生名人戦を優勝したのだとこの時知った。あのヤバい少年を倒したよりヤバい少年!!
うおーーこれは応援しなくちゃなんねえ。
新旧天才対決じゃん。
棋士になってるだけで天才ではあるのだけど※詳しくはこの本を読んで泣こう、そのなかでもギラギラに輝く天才同士なんだとはっきりわかった。
すげ〜と思っていたら、コメント欄にスキップという文字がでてくる。何それ?とググってみるとこんな動画が出てきた。「佐々木勇気伝説」
職場近くで幸せそうにスキップする棋士!
勇気さんそういうタイプの人なのか!?
最高だ。
本当にスキップしたのか、本人に確認する動画はもっと最高だ。
棋士なんていう職業こそ、世の中の"普通"からはずれて好き勝手するべきだと思う人間なので、爽やかな風が吹き抜けていったように感じた。なんで大人がスキップしたら笑われるんだよ、勝負に勝ってゴキゲンで、何が悪いのか。負けて当たり散らす人に比べ1000倍周りをハッピーにしてて、最高でしかないじゃん!!!

こうして画面に
・将棋最強中学生、藤井聡太
・解説名人、木村一基
・最高ハッピー、佐々木勇気
の3人が並んだ。
全員キャラが立ちすぎで、よすぎる。
途中、佐々木勇気さんの師匠である石田和雄九段からの電話は弟子への愛にあふれすぎていて、ちょっと泣きそうになった。みんなこの勝負に真剣で、まっすぐなのだ。
気づけば、佐々木勇気さんが勝っていた。
藤井さんの連勝は29でストップした。
「私たちの世代の意地も、ちょっと見せたいというのはあった。壁になることが出来て良かった」という対局後のコメントは、その後何度も引用される名言だ。
修行時代から意識している同世代の菅井竜也七段、斉藤慎太郎王座、永瀬拓矢七段らならこういう勝負は負けないだろうと思っていたので、そんな言葉が出てきたのだと思う。(中略)この「平成16年組」と言われる世代は本当に強いと思うので、この先も壁であり続けたいと思う。
佐々木勇気『横歩取り勇気流』(浅川書房)
あれから7年の月日がたった。
あの対局をきっかけに、私はじわじわ将棋の対局をみるようになった。佐々木勇気さんのライバル永瀬拓矢九段の言葉が大好きになったり、解説名人で将棋の強いおじさんこと木村一基九段の46歳にして初タイトル獲得に泣いたり、菅井竜也八段のかっこいい振り飛車に憧れたりした。その間藤井聡太さんはずっと強くて、すべてのタイトルを獲得し八冠にまで上り詰めた。歴史に残る素晴らしい妙手がたくさん誕生し、たくさんの将棋ファンを沸かせた。
そして現在、天才佐々木勇気さんがタイトル戦に初挑戦している。将棋界最高の賞金を誇る、竜王戦だ。対戦相手はもちろん藤井聡太竜王。7年待ってたよ。勇気さんは持ち前の好奇心で、おやつを4連投したり、封じ手のサインを工夫したりと色々楽しみながら、将棋も意外性のある戦略を試している。壁になろうと頑張っている。七番勝負を一勝一敗。今日は第三局の二日目だ。観る将をはじめて、なにかが一周したような気分である。すべての始まりは藤井聡太さんと佐々木勇気さんの対局だった。
最後に勇気さんそのものだよなと思ってしまう短歌を引用する。自分を信じて1歩ふみだせること。これこそが佐々木勇気八段の真骨頂。竜王戦応援しています!
私には才能がある気がします
それは勇気のようなものです
(枡野浩一)

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